糸もみじのブログ

シャニマスの感想。

その先にある思い ― はこぶものたちを通じて

 季節はすっかり春ですが、1月に公開されたシナリオイベント『はこぶものたち』について考えたことを書いていきたいと思います。
 私たちは日々、誰かと言葉を交わし、何かを伝え、受け取りながら生きています。

タイトルが示すように、今回の重要テーマだと思われる「はこぶ」こと。
シナリオの内容の話をする前に、まずは「はこぶ」という言葉が表す意味を確認しておきます。

《注意》以下の文章には、イルミネーションスターズのシナリオイベント、真乃、灯織、めぐるのプロデュースシナリオおよびプロデュースカードの内容が含まれます。
未読の場合はネタバレになる可能性があります。あらかじめご承知おきください。

はじめに

「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」──言葉を知るならやっぱり辞書!ということで、まずは辞書を引いてみます。
広辞苑第五版には「はこぶ」について次のような語釈があります。

【運ぶ】①持ち、または積んで、送る。④その方へ向ける。よせる。

①は現在最も一般的な用法と言って差し支えないでしょう。このイベントでも、フードデリバリーのような「運ぶ」人たちの姿が描かれています。

④は今日あまり見かけない語釈ではないでしょうか。
私は今回初めて認識しました。
そして、これこそが、今回私にこのイベントについて考えるきっかけをくれた語釈です。

④の項に載っている用例は「ヒトニココロザシヲハコブ」です。心をその方へ向ける、好意を寄せるという意味があります。

 心をその方へ向ける──これはまさにイルミネーションスターズがしてきたことだと思った私は、続けて「届く」「運ぶ」についても調べました。

【届く】①さし出したものが向うにつく。いたりつく。③心が先方に達する。

【伝える】①言葉を取りつぐ。また、(ひろく)言い知らせる。⑤はこぶ。もたらす。また、(作用を一方から他方へ)移す。

心が先方に達する、作用を一方から他方へ移す。
イルミネの過去のシナリオイベントはまさに、真乃、灯織、めぐるがそれぞれに対して、そして彼女たち3人から届けたい相手に心を向け、相手に達するまでの過程を描いてきたのではないでしょうか。

彼女たちのかけ声
「輝きをみんなに届けよう!
イルミネーションスターズ!」
もそうですし、めぐるの感謝祭や【日々を紡ぐインヴェルノ】、灯織のG.R.A.D.などを見るに、彼女たちからは見てくれる人へ喜びや楽しさ、ワクワクを届けたいという思いを感じます。

彼女たちの思いについて考えるにあたり、まずは『くもりガラスの銀曜日』と『青のReflection』内で印象的だった出来事を振り返ってみます。

くもりガラスの銀曜日

 回想を多く交えて話が展開されるこのイベントでは、3人がこれまでの歩みを振り返り、あらためてお互いとの向き合い方を考える姿を見ることができます。
本シナリオで物語の軸になるのは、イルミネーションスターズが結成した頃から通っているカフェです。そのカフェには色とりどりの花が咲く庭がありますが、くもりガラスの向こうにあるために、はっきりと見渡すことはできません。

ダメだ。数えきれないや
くもりガラスの向こうにある色
たくさんの色があるからさ、
多分、アジサイの色だけじゃない気がするんだよね……
きっと綺麗な庭なんだろうな~

見えそうで、見えない……だけど……
見えたらいいな……

はっきりとその姿が見えない秘密めいた庭。

別の場面では、灯織が幼少期やイルミネ結成当初の出来事を振り返っています。思う通りに気持ちが伝わらないもどかしさなどが描かれ、彼女が今日の友人との向き合い方に至った経緯を少し知ることができます。

友達のことを知りたいと願う姿勢については、灯織の

この気持ち、全部、伝えられたらいいのにな……
その気持ち、全部、見えたらいいのに……

全部──やっぱり、私は……

という独白や、真乃が

この石、心を繋げてくれるんだって

お揃いのメノウのお守りを作ってくるところが印象的です。

 彼女たちの心の繋がりについて描かれた場面のうち最も印象に残ったのは、カフェでガラスの外を気にする灯織に、店主が庭を見たいですか?と声をかける場面です。
灯織は丁重に断ったうえで、こう言います。

くもりガラスの向こうを見たいって
そう、思い続けていたいから

このやり取りの直前まで灯織が2人との思い出を振り返っていたことを考えると、彼女の言葉は

この気持ち、全部、伝えられたらいいのにな……
その気持ち、全部、見えたらいいのに……

全部──やっぱり、私は……


くもりガラスの向こうを見たいって
そう、思い続けていたいから

と繋がるのではないでしょうか。

 「くもりガラスの向こうにある庭」を「見えそうで見えない相手の心」と重ね、それを知りたいと思い続けることへの尊重を感じる灯織のこの言葉。気持ちが通じず苦い思いをした経験がある彼女の、相手を思い続けたいと願う姿と、そこに感じられる優しく温かい気持ちをこれほど美しく表現できるなんて……衝撃でした。

これは当時のふせったー


 私たちは相手から発信された情報を多くの器官を通して受け取っていますが、いつも相手の意図した通りに受け取れるとは限りません。また、どれだけ願ってもその人の心情すべてを知ることはできないでしょう。
これは見えそうで見えないくもりガラスの向こうにある庭と同じではないでしょうか。

私には、灯織が互いに言葉を尽くし、気持ちを伝えようとする姿勢を大切にしたいと思っているようにみえました。


 そして、プロデューサーとインタビュー企画担当者とのやり取りにも注目しました。プロデューサーからすれば、以心伝心で互いを知りつくしているように見えた彼女たち。しかし、カフェで偶然居合わせた彼女たちと話し、その認識が誤っていたことに気づきます。持ってきたはずのインタビュー企画書<以心伝心のきらめき、イルミネーションスターズ>がなくなったのは、どれだけ仲がよくても以心伝心なんて「なかったよ」とプロデューサーが認識をあらためたことの示唆だと思っています。

「言葉の意味を知りたいとは、誰かの考えや気持ちを、正確に知りたいということです。それは、人とつながりたいという願望ではないでしょうか。」映画『舟を編む』より*1

冒頭で引用した「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」も小説「舟を編む」の一節です。言葉は伝え方によっては、思いやりにもとづいた発言でも相手を傷つけてしまいます。灯織は幼少期や「今の櫻木さんは多分1人で練習した方がいいと思う」と伝えたときの経験から、そのことをよく知っているようです。

灯織のこうした姿を念頭に今回のイベントの彼女を見ると、思いの伝え方に悩みながら、伝えたい、知りたいと言葉を尽くし、少しずつ打ち解けていった彼女の姿に胸がいっぱいになります。

四季折々の色を見せるくもりガラスの向こうの庭。すべては見えないことを受け入れつつ、見えているものを大切に受けとめ、ガラスの向こうを想像する感覚を大切にしてほしいと思います。

青のReflection

 イルミネが出演する番組への取り組みを中心に展開されるこのイベントでは、コメンテーターの“なぜ喧嘩をしないのか?”という問いをきっかけに、彼女たちは気持ちを伝える方法について思いをめぐらせます。

コメンテーターの

……喧嘩せえへんのは結構やけど、それって『自分』が無いだけちゃう?

アタシはそんなん仲がええって言われへんと思うねんなぁ

という質問はおそらく「本当に仲がいいなら言い合いになっても関係性は崩れない」つまり「喧嘩するほど仲がいい」という価値観にそった発言でしょう。

この時真乃は「ぶつかり合いたくないからじゃなくて…」と口にしますが、そこで考え込んでしまいます。

青のReflectionのテーマの1つは、この言葉の続きを探すことでした。


番組で実施したイベントの最中、3人は参加した子どもたちの喧嘩を目にします。はじめはとめようとした彼女たちですが、子どもたちが話している様子を見て、しばらく様子を見ることに決めます。

イベント終了後、コメンテーターに喧嘩を止めなかった理由を問われた真乃は

……もし、本当に困っているようだったら、
止めたかもしれません

でも……

気持ちの伝え方は、
いろいろあるんだなって……

それは、邪魔しちゃいけないなって
……そう思いました

と答えました。

すれ違ったり、言葉をうまく伝えられなかったりしながらも、互いを思いやり、仲を深めていった彼女たち。そんな経緯があったからこそ、いろいろある気持ちの伝え方に寄り添うことの大切さを実感しているのかもしれません。


別の場面、空港での3人のやり取りの中で灯織は

と言っています。

伝え方に迷い悩んだ経験をもつ灯織がこれを言う含蓄の素晴らしさですよ。
灯織の優しさの底にあるものを少しだけ見られたような気がします。

 イルミネ3人の向き合い方で大切にされているのは「想像力」だと思っていて、「こういう伝え方をしたらどう受け取るかな?」「こんな様子だけど、どうしたんだろう?」 というような思いやりを、彼女たちはごく自然にしてみせる印象があります。お互いを信頼する3人のなせるわざかもしれませんが、真摯に向き合って言葉を受けとめると同時に相手の気持ちに思いを寄せる姿には敬意を抱いてしまいます。

私が思うに、この「想像力」が新たな切り口で描かれたのが今回のシナリオ「はこぶものたち」です。

はこぶものたち

 これまでのイルミネのシナリオは、主に彼女たちの向き合い方や3人が絆を深めていった過程に焦点をあてて展開されたように思います。

過去のシナリオと大きく異なる点は、出演する特定のイベント1つにしぼった展開ではなく、複数の仕事を通じてある1つのテーマについて考える展開です。*2

 シナリオの前半から、届けた相手のことを想像し、それを刺激に仕事に取り組む人たちの姿が描かれ、「はこぶ」行為に込められた思いを目にしていきます。

めぐるの仕事の中で登場した衣料デザイナーの

誰かの服を着たら、自分とこういうところが違うなーって思うでしょ?

そんな風に、世界にはいろーんな人や命があるなって感じられる服になったらいいなぁ

という言葉は印象的です。
彼女はエシカルファッションのオーダーメイドデザイナーで、着た人に環境や人、いろいろなものについて考えてもらいたいと願って服を作っていました。*3

誰かのことを考える優しいお洋服。
しかし、配信で書き込まれた「エシカルは欺瞞」というコメントをきっかけに、めぐるはそれらがよい点ばかりでないことも知っていきます。

それで色々検索してみたら、ああいうお洋服もいいことばっかりじゃないんだって

……でも、もしそうなら──

みんなのことは考えなくていい
みんなのことを考えるお洋服はいらない!

ってことに、なっちゃうのかな……?

 たしかに、エシカルファッションにも質やデザインの良し悪し、グリーンウォッシュ*4のような問題はあります。「つくる責任、つかう責任」を果たしているとは言い難いものもあります。
しかし、それが“すべてを”否定することに繋がるでしょうか?
「いいことばかりじゃない」は「よくない」とイコールではないことを強調しておきたいと思います。


 ここからは、いいと思う感覚について話していきましょう。私たちが何か共通のものをいいと思えたとき、喜びを分かちあい、共感するチャンスが生まれます。ただし、共通のよさを感じられなかったとき、残念なことに対立項を作り争ってしまう場合もあります。
 具体的には、真乃とめぐるがハーフタイムショーに出演したサッカーの試合後、彼女たちのファンとサポーターの間に起きた諍いです。ショックを受けた彼女たちは、応援を届けることについてあらためて考える時間を設けます。
 この「応援すること」こそが今回のシナリオの大きなテーマであると捉えています。何かを応援する気持ち、届けたい思いをどう「運ぶ」かも同様にメインテーマであると言っていいでしょう。

 彼女たちのこと、応援することについて考えるために、少しスポーツ観戦について書きます。
 私はサッカー観戦についてはあまり話せないため、比較的経験回数の多い野球観戦を例にお話しします。
スポーツを見に行くとき、皆さんはどんなきっかけで見に行くことが多いでしょうか。
応援しているチームを見に行くため、特定の選手を見に行くため、友達と一緒に行く、国際試合の雰囲気を体感しに行く、などなど…。きっとさまざまな理由があると思います。
 今回であれば、ハーフタイムショーがスポーツ観戦のきっかけになったファンもどこかにいたのではないでしょうか?サッカー好きでない限り、なかなかスタジアムを訪れる機会はないでしょう。そんな人たちが現地でサッカーを見て、その中の少しでも楽しい、また来たいと思ってくれたら、それはよい収穫だと思います。

 余談ですが、私が大切にしたいと思う言葉の1つに《ファンのいない選手はいない》というものがあります。球場に行って辺りを見渡すと、実にいろいろな人がいます。熱心に応援歌を歌う人、タオルを握ってじっと選手を見つめる人、曲に合わせてキレキレのダンスを披露する人…。一人一人楽しみ方や応援のスタイルが違えば、気持ちの伝え方もそれぞれでしょう。
 何かを応援することは、そのようないろいろな人達を知ることと似ているのではないでしょうか。例えば、スタッフとしてチームを応援するならば、チームと応援してくれる人たちをよく知ることは大切なことでしょうし、いろいろな楽しみ方をするお客さんがいて、そんな一人一人が集まって「来てくれるみんな」になっていることを知っておくと、その分だけ「みんな」に寄り添って応援できるのではないでしょうか。


 イルミネの取り組みに話を戻しましょう。
サポーターとファンの間で諍いが起きてしまった次の試合で、イルミネの3人はスタジアムの清掃ボランティア活動を希望しました。ハーフタイムショーとはまた違った応援の仕方と言えるでしょう。活動の終盤、観客席の清掃をしていた彼女たちは、折り畳み傘の忘れ物を見つけます。傘の持ち主のことを考えながら、彼女たちはスタジアムにはいろいろな人が来て、その全員が誰かを応援しにきた人であることを考えます。

傘の持ち主もきっとそういう人


 ここで、あらためて「応援すること」について考えてみます。応援にもいろいろありますが、誰かに何かを届けようとする以上、私はその相手の心に寄り添うことが大切だと思っています。心に寄り添おうとすれば、自然とその人を知ることにもなります。

 だからこそ、応援するのは「誰かのことを知るってこと」であり、
プロデューサーの「ひとりひとり、みんなになってくれ」という言葉は、それぞれの気持ちや意見を持ったうえで、互いの思いを共有できる人でいてほしいという願いの表れではないでしょうか。

 

これまでとこれから

 これまでのシナリオで描かれてきた彼女たちの向き合い方は、“どんなに親しくても心が通じ合うわけではない。だからもっとお互いを知るために言葉を交わし、受けとめていこうよ”という話になった時点*5で、ある種の着地を向かえたように思います。
 そして今回彼女たちは「応援すること」を通じて「自分たちを知らない人に何を届けられるか」「自分達には何ができるか」ということにも向き合いました。こうしたテーマに向き合い、届けたい相手により丁寧に寄り添うことは、1人でも多くの人に温かい気持ちを届けることにも繋がるのではないでしょうか。

この手の話をすると、やはりめぐるのプロデュースシナリオを思い出します。特に感謝祭からLanding Pointにかけては、めぐるを知る人、知らない人に彼女の活動が届いていく様子を見ることができます。

めぐるの届けたい思いを想像する - 糸もみじのブログ
※【日々を紡ぐインヴェルノ】と感謝祭、G.R.A.D.を踏まえてめぐるの気持ちに思いをはせた文章です。


 次第にかかわる仕事の規模も大きくなり、異なるステージに立っていく彼女たちからは、アイドルになりたての頃と変わらずに大切にしているものを感じられる瞬間があります。変わらないものと変わっていくもの、そのどちらも見逃さないようにこれからも見守っていきたいと思います。

*1:小説『舟を編む』の映画化作品。辞書を編纂する者の言葉への思いを描いた作品で、2016年には同タイトルでアニメが放映された。小説の著者は三浦しをん

*2:真乃はフードデリバリー企業、めぐるは衣服のデザイナーとそれぞれタイアップ、灯織はサッカー番組のナビゲーターの仕事に取り組みました。仕事も規模の大きいものが多く、すっかり人気アイドルです。シナリオの中でも、配達員や衣料デザイナー、サッカークラブのオーナーのように複数の業種の方が登場し、それぞれの思いが描かれています。

*3:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_education/public_awareness/ethical/about/

*4:グリーンウォッシュ | SDGs 用語集 | SDGs SCRUM

*5:くもりガラスの銀曜日~青のReflection